駒込通信 第62

 

「気概と独立」

【聖書箇所:ガラテヤ1章10節】

もし、今なお人の気に入ろうとしているなら、わたしはキリストの僕ではありません。


この直後にパウロは「兄弟たち、あなたがたにはっきり言います。・・・わたしはこの福音を人から受けたのでも教えられたのでもなく、イエス・キリストの啓示によって知らされたのです」(11-12節)と告白しています。
 人間が生きる上で「気概」が大事です。「気概」はその人を独立の人とします。しかしほんとうの「気概」は、本来人のものではありません。自分の思い込みや自分の中から出て来るものは我が儘(まま)であります。ほんとうの「気概」は、自分の儘ではなく、神の儘でなければなりません。「我が儘」でなく「神が儘」でなければならないのです。神の懐から出てくるものこそほんとうの「気概」であります。
 そのほんとうの「気概」を自らのものとするには、神のご意志を神の懐から与えられねばなりません。
 「今の私の気概は神からのものか」との問いかけを常に自らにする必要があります。
 神からのものでないときに、その人の人生は人に取り入る生き方となります。真実なる「気概」は、人の人気を得るものではなく、神に喜ばれるためのものであり(Ⅰテサロニケ2:4)、真の独立者を造ります。
 そのような独立者こそ、今日ますます混迷極まる地上を正しく切り開くのです。そして今日の堕落極まる日本にはそのような人物こそが必要であります。これは福音の根幹、普遍的な無教会の精神に帰するものであります。
 人よ、真の独立者たれ。
                              (2013年8月29日)

                          


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