無教会・駒込キリスト聖書集会リンク集

 

単純なる福音

 

 「神にありてもっとも深いものは愛である。人にありてもっとも深いものは信である。神は愛をもって人に臨みたまい、人は信をもってこれに応えまつる」

(内村鑑三『一日一生』11月19日より)

 

 無教会の精神とは、これであります。ここには洗礼、聖餐などのサクラメントは一切介在の余地はありません。神と我のみであります。もっとも本質的なことは、実に単純であり、とっつきにくく見えるものであります。
 しかしそのようなものこそ、人が一生をかけて証しすべきことではありませんか。その証しは、生涯の歩みを通しての神讃美へとなり行くのであります。

 

伝道者 荒井克浩

 

 

 

<礼拝会場変更のお知らせ>

 7月5日聖日礼拝からは、礼拝場所がキャピタルビル4階大会議室に変更になります。

 礼拝時間は同じです。キャピタルビルはこれまでの伝道所より徒歩3分ほどです。

 地図をご参照お願いいたします。〔キャピタルビル地図

 また新型コロナウイルス感染防止のために、礼拝参加に関して注意事項を設けております。安心できる礼拝づくりのためにもご協力をお願いいたします。〔ご参加に際しての注意事項

 約1年後にはこれまでの場所に今井館が目黒より移転してまいります。その際には改めてその中の部屋をお借りして礼拝をするようにいたします。

                              (2020年6月23日)

 


<2021年1月8日~3月7日緊急事態宣言の間の礼拝に関して>

 政府の宣言期限である3月7日(日)までは、キャピタルビルでの礼拝は中止し、ZOOMのみでの礼拝にいたします。

 参加ご希望の方は下記のアドレスまでお問い合わせください。 

    k_arai2005@ybb.ne.jp

                            (2021年2月8日)



<今月の言葉・2021年2月
 来たる世界への希望

 

 3何事も利己心や虚栄心からするのではなく、へりくだって、互いに相手を自分よりも優れた者と考え、4めいめい自分のことだけでなく、他人のことにも注意を払いなさい。5互いにこのことを心がけなさい。それはキリスト・イエスにもみられるものです。6キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、7かえって自分を無にして、僕の身分になり、人間と同じ者になられました。人間の姿で現れ、8へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。
                     (フィリピの信徒への手紙2章3‐8節)

 

        *           *           *

 

ウイルス感染の拡大は、人類の定住から始まったという。 


『〈飼い馴らし〉によって、「初期近東の村々は植物を作物化し、動物を家畜化した。一方、ウルの都市制度は人間を家畜化した」』 ※1


この衝撃的な言葉は、政治学者であり人類学者であるジェームズ・C・スコット氏の著作からのものである。
一万年前、移動していた人類が定住し農耕を始めた事態をこのように語っている。
農耕とは人間が植物・動物を飼い馴らし始めた事態であるということだ。
そしてその延長上に成立した都市は、人間を飼い馴らすに至ったということだ。
都市の先には国家がある。
国家が人間を飼い馴らすに至る。


他の被造物を飼い馴らした被造物人間は、人間が人間を飼い馴らす存在となってしまった。


そして今や人間はウイルスを飼い馴らそうとして、ウイルスに飼い馴らされている。


被造物を飼い馴らそうとした人間こそがこのパンデミックの原因なのである。
自業自得である。
被造物が被造物を飼い馴らしてはならない。
人が人を飼い馴らしてはならない。


そもそも人は生まれながらにして他を飼い馴らす習性を持っている。
それは罪なのだ。


人よ、ことごとく神によって低められよ。
全被造物を支配せよと神は言われる(創世記1:28)。それは被造物同士共に生きよ、ということである。
人よ、他の被造物を飼い馴らすことなく全被造物と共に生きよ。


共生である。


緑の美しさを護れ。人間の都合で壊してはならない。
動物を森から追い出してはならない。森の中に生かしめよ。
自然を飼い馴らしてはならない。
ウイルスを飼い馴らしてはならない。
ウイルスを飼い馴らすことなどできるはずもない。
ウイルスと共に生きよ。


人が全被造物と共生するとき、
ウイルスは自ずから、人を襲うことをしなくなるであろう。


為政者はウイルスに打ち勝つという。
ウイルスに打ち勝つのではない、
人間が、人間自身の利己心に打ち勝たねばならない。
勝つべき相手は、人間自身の高ぶりの心である。


主よ、われらの自己を低めたまえ。
キリストのごとくに低めたまえ。
ほんとうにわれらを低めてくださるのは、キリスト以外にはあり得ないのです。
自分自身で低めることはできないからです。


自分を無にして、僕の身分にならせたまえ(7節)。
へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順にならしめたまえ(8節)。


低めたまえ、低めたまえ。
われらは主のもの、ただ主にのみあり。


パンデミックの只中で、コロナが私たちに低みを教えてくれる。


この後に来たる世界では、人が低められますように。

 

※1 ジェームズ・C・スコット著/立木勝訳『反穀物の人類学‐国家誕生のディープヒストリー』みすず書房、2019年(2020年)、11頁。

                  (『十字架の祈り』2021年1月号巻頭言より)
                              ( 2021年2月1日)

 

 


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