無教会・駒込キリスト聖書集会リンク集

 

単純なる福音

 

 「神にありてもっとも深いものは愛である。人にありてもっとも深いものは信である。神は愛をもって人に臨みたまい、人は信をもってこれに応えまつる」

(内村鑑三『一日一生』11月19日より)

 

 無教会の精神とは、これであります。ここには洗礼、聖餐などのサクラメントは一切介在の余地はありません。神と我のみであります。もっとも本質的なことは、実に単純であり、とっつきにくく見えるものであります。
 しかしそのようなものこそ、人が一生をかけて証しすべきことではありませんか。その証しは、生涯の歩みを通しての神讃美へとなり行くのであります。

 

伝道者 荒井克浩

 

 


<今月の言葉・11月―伝道所の掲示板より―
 一番大切なこと

 

 キリスト・イエスに結ばれていれば、割礼の有無は問題ではなく、愛の実践を伴う信仰こそ大切です。(ガラテヤの信徒への手紙5章6節)                     

        *           *           *


 割礼とはユダヤ教の一員であるしるしであり、男子の性器の包皮を切り取ることである。救いのために必要な儀式という事である。

  しかしパウロは、だいじなことはそのような外見の変化ではない、と言う。愛の実践こそだいじなのであるという。心の在り方である。他のすべてを捨てて、心が愛であるようにいつも保持しようではないか。つい怒る時もある。人を裁こうとする時もある。そのような時、自分自身では自分を処理する事はできない。神に祈り、心に平安と愛を頂こう。このような歩みをする時に、必ず人生は落ち着きと真実に豊かな歩みへと変わるのである。
                              ( 2019年11月1日)


 

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★伝道・集会・無教会に関する短文ー「恩恵」ー

 

★「無教会の概要」(2012年4月30日に駒込キリスト聖書集会伝道所で行われた「福音の前進と無教会」講演会の新聞記事より; キリスト新聞7月7日付号・14日付号)

 

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