『十字架の祈り』2014年9月号より

 

「わたしの時はあなたのみ手にあります」
   ー詩篇31篇15節(口語訳)ー

  
9主よ、わたしをあわれんでください。
わたしは悩み苦しんでいます。
わたしの目は憂いによって衰え、
わたしの魂も、からだもまた衰えました。
10わたしのいのちは悲しみによって消えゆき、
わたしの年は嘆きによって消えさり、
わたしの力は苦しみによって尽き、
わたしの骨は枯れはてました。
11わたしはすべてのあだにそしられる者となり、
隣り人には恐れられ、
知り人には恐るべき者となり、
ちまたでわたしを見る者は避けて逃げます。
12わたしは死んだ者のように人の心に忘れられ、
破れた器のようになりました。
13まことに、わたしは多くの人のささやくのを聞きます、
「至る所に恐るべきことがある」と。
彼らはわたしに逆らってともに計り、
わたしのいのちを取ろうと、たくらむのです。
14しかし、主よ、わたしはあなたに信頼して、言います、
「あなたはわたしの神である」と。
15わたしの時はあなたのみ手にあります。
わたしをわたしの敵の手と、
わたしを責 め立てる者から救い出してください。
(詩篇31篇9-15節(口語訳)


この15節の訳は、新共同訳(16節)は不自然である。表題は口語訳であるが、この訳の方が原文に忠実であろう。
 先日、敬愛する方からご来信をいただき、その手紙に私のためにこの御言葉が書かれていた。
 深く心に染み入ったのである。
 ここにはすべてを主にお委ね奉る詩人の信仰が、一言で示されている。
 人は時をどうすることも出来ない。すべてを司る神だけが、時をも支配しておられるのである。
 つらいときも苦しいときも、私たち信仰者の為すべきことは、周囲を見すぎることなく、ただひたすらに主の御顔を仰ぎつつ、主を信頼し主に従うことである。
 そしてその主は、私のすべてを捕らえ、すべてを主のものとしてくださっている御方である。
 この言葉を皆様に、あらためて私からのプレゼントとしてお献げしたい。
 この御言葉に立たしめられる時、信徒はすでに「神の愛」(ヘセド)を主より賜り勝利しているのである。見ずして勝利を確信し平安に至るのである。
 いかなる苦しみに遇っても、主にこそすべてをお委ねし、主の愛を懐(ふところ)に抱き、歩んで頂きたい。

「わたしの時はあなたのみ手にあります」
                              (2014年9月15日)



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